

たまごと餅米
左の手袋に たまごひとつ 右の手袋に 餅米をひとつかみ 両手袋の入り口を持ち 家をでた ばさばさっと スゴイ音 振り返ると 鳩が六羽 一斉に 屋根の上へ 横一列に並び 全員が こちらを見ている 道路に 餅米を少しまいてみた 公園が見えてくると 強い向かい風 公園内は 緑の覆い茂げる やすらぎ 残りの餅米も そっと足元にまいてみた ちょうどよい木 幹めがけて たまごをぶつけた とろりと 黄身が爆ぜた 祈り 先日の 感謝と 明日の 道中の安全と 風が やむ 藤井風の 帰ろう 小さく口ずさむ 涙が とめどなく溢れる ぱらりと 雨粒 涙を拭い Uターンして 歩きはじめた 雀に呼ばれた 餅米は きれいに消えていた 唯一無二の 今日という日 ありきたりの日常のなかで 7月6日 朝のこと
3 日前


スニーカーを洗う
私はかなり頻繁に靴を洗う方だと思う。 毎日同じ靴を履いている場合は、多い時は週に一度、少なくとも二週に一度。 泥だらけになる訳ではないのだけれど、なんとなく、薄汚れているような、足を入れるのが少し躊躇われるような感じになるので、その感覚が出てきたら近いうちに洗うようにしている。 たしか昨年の夏、スニーカーを二足、新調した。一足は靴紐がゴムになっていて、紐を結んだり解いたりしなくても、少し引っ張ればゴムが伸びてそのまま履けるタイプ。すごく便利だ。もう一足は、手軽なランニングシューズ。履き心地と色合いが気に入っている。 購入後は、ゴム紐タイプの靴の履き心地に魅了され、こればかり履いていた。 この新しいスニーカーの前にどんな靴を履いていたのか、思い出そうとしても全く思い浮かばない。おそらく購入後に処分したのだろうと思う。こんな風に、過去を完全に切り離すことができる私の性質。我ながら清々しい。 私にとっての”靴問題”の始まりは、4、5年前。なんとなく靴が汚れているのが居心地悪く、最初は、靴の底をウェットティッシュで拭いたり、さっと靴底だけを水で流していた
3 日前


体に必要なもの 不要なもの
私が食にこだわっていること、例えば肉や魚をあまり食べないとか、鮮度や産地にこだわるとか、肥料や農薬や添加物のない食材を選ぶとか。そういう話をすると ”健康オタク” や ”意識高い系” に捉えられることがある。そして近寄りがたいと感じたり、何か説得されそうな気がしたりして身構える方が、いるのかもしれない、と感じている。 相手の意識や態度が変わるので、なんとなく私もそれを感じ取ってしまう。相手の感じ方や捉え方は自由なので仕方ない。しかし私自身の体感としては、自分は ”健康オタク” や “意識高い系” ではない、と自覚している。 そもそも”健康オタク” とか ”意識高い系”という言葉の、意味やニュアンスは、人それぞれ違うのかもしれない。けれど、おそらく一般的にはこうだろう。 (1)健康にとても強い関心がある。 (2)例えば、高額な健康食品やサプリメントを摂取している。 (3)学術的なエビデンスや権威ある方の発言を、一番大きな根拠としている。 私は、上記のいずれとも、少し違う気がしている。 ひとつひとつ、取り上げてみよう。 (1)健康へのとても強
7月13日




